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走るとは?/ アイフル

[ 592] 走る!飲む!読む!
[引用サイト]  http://rundrink.exblog.jp/

薬害を扱ったリーガルサスペンスと思っていたので、てっきりジョン・グリシャムの『甘い薬害』的なストーリーなのかと思っていました。しかし、全く違いましたね。シチュエーションなど似たところはありますが、基本的にはリーガルサスペンスではありません。
途中、腑に落ちないシーンがありました。なぜ、馬が出てきたのだろう?観ていない人には、全くわからないと思いますが、もし観た人で、馬が出てくる意味を理解している人がいたら、教えてください。
昨日、自宅でブログ更新できました。つまり、先週急性アルコール中毒で死んだと思っていたPCが、なんと生き返ったのです。「ヨミガエリ」ということですね。キーボードの「T」だけ反応が悪いのですが、それ以外は特に問題もなく。もっとも、不安だし、そろそろとも思っていたので、お買い得のデスクトップがあったら、買い換える方向で検討は進めますが。
気温と共に湿度も上昇中です。そろそろ、朝錬を始めようかと思っています。朝、10km走っておくと、夜の練習で高傾斜走と階段に集中できます。それでも、2時間は必要なのですけど。仕事が忙しくなると、夜2時間というのは無理なので、朝1時間走っておくことがとても重要になりますね。そのためには、夜早く寝なくてはいけないのだけど、忙しい時は会社を出るのが12時前...むむむ、時間のやりくりも、なかなか容易ではありません。しかし、多くのランナーは、みんな同じ様な悩みを抱えつつ、工夫して時間を作って鍛錬しているのですね。忙しさを理由に、サボっていては、パフォーマンスアップは出来ません。
さて、体調も戻ってきたので、明日から通常の鍛錬再開です。ちょっと、仕事も忙しくなるのですが、夏に向けて、調子を上げていきたいですね。
裏ハコネ参加の皆さん、お疲れ様でした。TTRに引き続き、大変なお天気だったようですね。皆さん、無事に終えられたようで、安心しました。
今日は、朝から用事で出かけ、バタバタ。午後、車を車検に出しに行きました。「乗ってないですね。」の第一声。確かに、1年間で、2000kmほどです。足で走る距離よりも少ないですね。車など要らないかとも思うのですが、ローンも終わっているし、夏に山に行くには、欲しいアイテムです。
生い立ちからの成長過程などに加えて、マラソンやトレイルでの活躍の膨大な記録が、きっちりと整理されています。編集されたご家族の作業も大変だったと思いますが、高橋さん自身がかなり几帳面に自身の記録を整理していたのではないでしょうか。
表面的な筋肉痛もほぼ解消したし、お天気もよいので、昼休みに皇居までチェック走に行ってきました。チェック走とは、長いレースで膝や筋肉を痛めた後、どこがどのくらい快復しているか(快復していないか)をチェックするために走るというものです。
皇居まで約2.5km、なるべく裏通りを選んで、ゆっくり目に走ります。足全体に重さを感じます。日差しに夏の近づきを感じながら、皇居に到着。フォームをだけを気にして、それなりの速度で走ります。右ひざの裏の筋肉に張りを感じます。ここが張ると、膝の動きがおかしくなります。まだ、完全に快復はしていませんね。というか、完全に快復しない状態で野辺山を走ったのだから、当たり前の状態です。
右の大臀筋に痛み。これは、野辺山では感じなかった痛みです。密かに痛めていたのでしょうか。大腿と体幹をつなぐ筋肉ですから、重要です。一度、関根先生に診てもらわないと。
などなどチェックをしながら1周したら24分30秒。今の状態のそれなりの速度とは、キロ5分くらいということでした。まずまずでしょうか。今日は時間がないので、1周で終わり。ゆるゆると会社に戻りますが、会社に着く頃にちょうど身体がほぐれてきて、足の重さも取れてきました。やはり、ランニングで痛めた身体のリハビリには、ランニングが効くのでしょうか。
週末は、いろいろ用事もあり、お天気も悪いようなので、のんびりして、来週からぼちぼち調子を整えていこうと思っています。
以前から気になっていた「リバーダンス」を観てきました。会場の赤坂ACTシアターは、先日オープンした赤坂サカスの一画にあります。新しいだけにきれいなのですが、ちょっと前の席との幅が狭いかもしれませんね。
気になっていたわりには、予備知識を持たずに観に行きました。アイリッシュダンスだけなのかと思ったら、そうでもなく、フラメンコやロシアンダンス、タップダンスなども上手く織り交ぜた演出になっています。特に、アイリッシュダンスチームとアメリカンタップダンスチームのダンスバトルは、観ていて面白いですね〜。深夜のダンス番組のモトネタは、意外とこんなところにあったのかもしれませんね。
アイリッシュダンスは、いわゆるクラシックダンスよりも、素朴な要素も多く、そのベースにあるものも、物語というよりは祈りとか情熱を表現しているように思いました。
僕が座ったのは、かなり前の方の席だったので、ダンサーを真近に観ることができ、特にその見事な足さばきには、すっかり見とれてしまいました。イタリアン・パイプの独奏も、心に響くいいものでした。
そして何より圧巻なのがダンサー全員による群舞です。観ているだけで、足がムズムズしてくるくらい、興奮します。最後は、観客も立ち上がっての手拍子に、ダンサー達もノリノリです。
今年は、いろいろなジャンルのパフォーマンスを積極的に観に行こうと思っているのですが、ライブは、やはりパワーがストレートに伝わってきていいですね。いいパフォーマンスは、自分だけでなく周囲にも感動を与えますね。今回も、いいパワーいただきました。
これまで、十分に気をつけていたのですが、昨夜はキーボードの上に、ワインを思いっきりぶちまけてしまいました。慌てて、処置を施しましたが、完治は難しいようです。
脳死状態になる前に、データのバックアップを取りました。過去のデジカメのデータだけは、どうしても保存しておかなくては。そろそろ5年になるPCなので、バックアップを取ろうと1ヶ月ほど前に4GBのUSBメモリーを買っておいて正解でした。すぐに、対応できたので、大切なデータは無事に非難できました。
今度買うなら、デスクトップにした方がいいですね。デスクトップなら、こういうことが起こっても最悪キーボード交換で済みますしね。
実は、キネシオテープを忘れてしまったことに気付き、会場内のショップで購入するつもりで、お店をウロウロ。アートスポーツまで出店しているにもかかわらず、キネシオテープは置いてません。膝に貼るサポートテープのようなものはあるのですが、普通のキネシオがないのです。う〜ん、困った。膝が完璧ではないので、テープは必須なのに...と、ふと見るとファイテンのブースで無料体験やっているではないですか。渡りに船と、早速両膝へのチタンテープとシールを貼ってもらいました。ちょっと物足りないけど、テーピングテープは持っているので、いざとなったら、途中で貼ることにしようと、再び車に戻って朝ごはん。
コースは、国内の100kmレースで1,2を争う難コースだとか。アップダウンが激しいこのコース、僕にとっては格好の練習材料と判断しました。ならば、タイムねらいではなく、トレイルモードでロングの練習に徹するのもよいかと思い、装備を考えました。
荷物に総重量は、約5kg。本番を想定して8kgくらいにしようかとも思いましたが、それだと14時間の制限時間フルに使うことになりそうなので、今回は通常のトレイル練習程度の装備にしておきました。
トイレに行き、スタート地点に向かうと、何人か知人に会うことが出来ました。yahushigeさん、ヒロ児玉さん、パンケーキさん。他にも知人がいるはずなのですが、各コース合計1.700名ほどの参加だそうで、それなりの混雑。ま、そのうち誰かに会うだろうと、ストレッチをしながらスタートを待ちます。
スタートラインまではノロノロ。その後は、程ほどのスピードで流れます。道幅がそれなりに広いので、大した混雑はありません。空気はやや冷たいものの、半袖+長袖の重ね着で、ちょうど良い程度です。
そう、今回はレースにして初めてデジカメを持って走りました。練習モードなので、たまには、こういうのも良いかなと。
まだ集団のままダートに突入。基本的には車も走ることの出来る林道なので、ソールが厚めのシューズならロード用でも問題ないでしょう。特に、タイムを気にするなら、ロード用がいいと思います。(僕は、別の理由でトレイルシューズでしたが)昨夜の雨の影響も少なく、水溜りもあまりなく、まだ序盤ということもあり、皆さんそれなりのスピードで走ります。僕も、後半に足を残したいので、抑え気味のスピードで進みます。
ここまで20km弱です。2時間弱での通過ですから、速くはないけど、まずまずのペースでしょう。下りも抑え気味に進みます。下りで爆走している選手もたまにいますが、多くは後半足が持たないようです。
約35km地点。応援ポイントにもなっており、エイドも大きくて、にぎわっています。ここで座り込んで、ソックスの交換と右足親指にバンドエイドを追加します。どうも、右足親指に荷重が掛かりすぎているせいか、痛みが出てきます。
さらに、ぐいぐい登って、その後長い下りです。前を走るデカフォレスト(過去10回以上完走者:ゼッケン番号が2桁なので、把握できるのです)の人が、草の上を走っていたので、マネをします。足への負担が少し軽くなります。
42kmの着替えポイントは通過します。この大会のエイドで、一番気に入ったのが、苺です。全てのエイドにあるわけではないのですが、見かけたら2〜3個いただきました。葡萄も美味しかったですね。徐々に気温も上がってきたので、こういう果物はありがたいです。
このあたり、ずっと赤いチャンチャンコに、赤い頭巾をかぶった前述のデカフォレストの方と、合い前後して走ることになります。無駄のない走りは、非常に参考になります。足への負荷が少ない走りです。スピードは必ずしも速くはありませんが、一方でエイドでの滞留時間は、最小限に抑えるという具合です。
右ひざに不安を抱えたままでの出走でしたが、予想通り10km前後で違和感を感じ、20kmあたりからは、軽い痛みも出始めます。ここから如何に膝と付き合うか、ペイン・コントロールも今回の重要な練習目的のひとつでした。50kmくらいで、鎮痛剤を飲みました。30分ほどすると効き目が出てきたようです。
55km手前からこのコース唯一の往復区間になります。道路の反対側には、59kmの着替えポイントから戻ってくる選手が。どちらかというと往路が登り基調なので、苦しみながらも進んでいると、元気に走って戻ってくるポカラさん発見。そしてそのすぐ後ろにネオスさんの姿も。
しかし、なかなか目的地に到着しません。初見のコースだと、こういう時の心理状態はキツイものがあります。このあたり、経験者は有利です。ようやく59km着替えポイント着。右足裏に水ぶくれが出来始めたので、シューズを脱いで、足を少し冷やしながらエイド食をパクパク。胃腸の調子は特に問題なく、普段通り食べることができています。そして、最後に頭に水をかぶり、リフレッシュ。来た道を戻ります。途中、ヒロ児玉さん、やや遅れてアロハさんを発見。道幅が広いので、ハイタッチでエールの交換が出来ないのが残念でした。
第2関門の滝見の湯までは、キツイ登りが続きます。右足裏に水ぶくれが出来てきたようです。1歩1歩が痛くなり始めました。そうならないように、ソックスをマメに替えていたのですが、やはり熱はこもってしまっていたようです。詳細なタイムは後述しますが、この区間はかなり時間が掛かっています。
2回目のソックス交換。水ぶくれの上にバンドエイドを貼り、ソックスも2重にします。蕎麦を食べ、5〜6分程度で先に進みます。ここから馬越峠までの登りが、後半最大の難所のはずです。延々と登りが続きますが、エイドで休んだ後なので速度は落ちていますが、なんとか走ることはできています。エイドが見えるとホッとして少し歩いてしまいましたが、そんな時ポカラさんと遭遇。どうやら、膝を痛めたようで、完走狙いに切り替えたようでした。結局、滝見の湯から馬越峠まで95%は走って登ることができて、これまでのトレーニングの成果を確認することが出来ました。
でも実は、7kmにも及ぶ長い下り地獄の始まりでした。かなり疲労もたまっているので、スピードを抑えながら、タラタラ下ります。街中に出て、川沿いの道を進みます。さすがに平地でもスピードが上がらなくなってきました。
ここでは、うどんをいただきました。美味しいと感じるので、まだまだ身体は平気です。5分くらいで、先を急ぎます。信濃川上を越え、野辺山への登りに入ります。傾斜は馬越峠への登りほどではないのですが、終盤に来ての登りはキツイです。ダラダラとした登りが97km付近まで続きます。
最後の登りの途中あたりから、会場のアナウンスが聞こえてきます。ゴールは近いのですが、登りきってからも、ぐるりと遠回りを強いられます。ここまでくると少し元気も出てきて、キロ6分台までスピードを上げることができるようになります。
上位入賞者の表彰式が始まる中、11時間26分でゴールしました。ズッシリと重いメダルを首に掛けてくれて、RCチップを外してくれました。
いやぁ、楽ではありませんでした。確かに、難コース。しかし、いい練習にはなりました。天気が良かったので、次々変わる景色も飽きませんでした。沿道の人たちの応援も励みになりました。ひとりではこういう練習できないので、いい経験になりました。
まめにアミノ酸やクエン酸など摂取していましたが、やはり両足共に筋肉痛です。加えて、フォームの崩れが膝に負担を掛けることを気にして走っていたので、珍しく体幹(背筋)が筋肉痛です。膝は、やはりダメージを受けていますが、どの程度で治るでしょうか。とりあえず3日間は安静にしています。あとは様子を見ながら、来月以降のトレーニングに続けて行く予定です。
妻から見た小西政継さんの素顔を描いた本です。普段の小西さんの姿が、余すところ無く描かれています。!!!!というくらい、やさしい小西さん。読み始めて、違和感を覚えていたのですが、読み進めるうちに、懐の深い小西さんの人となりが、なんだか自然に感じるようになりました。
本書のもうひとつの主題は、子育て論にあります。著者自身は、「〜論」などという意識は、全く無いのだと思いますが、読む側としては、十分に子育て論として読むことができます。もちろん、その手の本はたくさんあり、小西家の流儀にも賛否両論あるとは思いますが、少なくとも僕は共感するところ大でした。やはり、親が自信を持って、子供に接することが大切ですね。
普段読まないジャンルの本でしたが、小西さんということで興味を持ち、読んでみて、良かったと思いました。これが、素直な読後感です。
こちらも図書館で借りました。森田勝さんについても、少し聞きかじった(読みかじった?)くらいで、詳しいことは知りませんでした。K2のアタック隊で2次に回ったことを不満として、下山してしまった話ばかりがいろいろな本に取り上げられているので、どうしてもそういうイメージを持ってしまいますが、冷静に考えればそういう出来事は森田さんのごく一面であることは想像は付きます。
しかし、本書を読み進めると、かなり激しい想いを持って山に臨んでいたことがひしひしと伝わってきます。若い人にスポンサーが付いて、どんどん海外の山に登る現状からは、少し想像が付かないのですが、高度経済成長時代の日本とは、経済の発展の底辺を多くの若い労働者が支え、同時に彼らが日本の山に向かっていたのでしょう。
大学の山岳部と社会人の山岳会との確執などもあったようですが、今では大学の山岳部も廃部になるところも少なくないようで、時代の移り変わりを感じます。一方で、30年前には極僅かな最先端のアルピニストしか行くことの出来なかったアルプスやヒマラヤには、今ではお金さえ出せば、(登頂できるかどうかは別として)行くことができる世の中になっています。
山に限らず、ひとつのことにどこまで純粋に立ち向かうことが出来るか、これは生き方についての大きなテーマなのですが、今の世の中は一見仕事に思えないことでも、誰かが評価してくれると、多少はお金が付いてくる可能性も多くなっています。それだけ社会に余裕ができたということでしょう。何かを極めることに取り組み易い世の中ともいえます。一方で、自分を含めて仕事と趣味と家族とのバランスを取ることに四苦八苦している人も少なく無い、いや多くの人がそうなのではないでしょうか。皮肉なもので、社会全般に余裕が出てきたら、純粋に極める人が減ってきているのかもしれません。
僕自身、バランスを取った生活に不満を持つわけでもなく、むしろその中で如何に自分のパフォーマンスを上げるかということに挑戦しているつもりです。もちろん、森田さんの山に賭ける気概に較べることなど出来ないレベルですが。
とはいえ、森田さんも結婚して、子供が出来て、定職を持つようになり、家族のことを気にしながら山に向かっています。そういう一面を知ることが出来て、少しホッとしています。でも、それはそれで家族には辛い結末を意味しています。やはり、僕は基本的には安全な範囲内での山にしておこうと思います。昨年の夏は、ちょっと危ない遊びをしてしまいましたが、今年は控えましょう。

 

[ 593] 走ることは考えること - livedoor Blog(ブログ)
[引用サイト]  http://blog.livedoor.jp/payuta/

土曜日は昼から天気が崩れるとの予報で、朝一のバスで出発。東武東上線武州長瀬駅がスタート地点で、駅構内のロッカーに着替えなどを預けて7:40に走り始めた。今回は今後のためGPSで正確な距離を測ったものの、ふくらはぎに不安が残るのでゆっくり最後まで走ることだけを目標にした。武州長瀬駅↓(2.8km)毛呂山運動公園↓(2.6km)鎌北湖(駐車場)↓(2.4km)北向き地蔵↓(8.1km)顔振峠↓(4.5km)高山不動↓(6.2km)刈場坂峠(ここまで26.6km)途中、野生の藤の花がきれいに咲いていた。ここのりんどう茶屋で味噌煮込みおでんと持っていったあんパンとドーナツを食べたら、復路はずっと胃が重かった。平地よりはましなのだろうが暑さのため給水量が多かった。シーズンで多くのランナーとすれ違うと思っていたのに、車やバイクが思っていたより多く、ランナーは行きに2人、帰りに1人のみ。帰りの顔振峠には何人かランナーと思しき集団がたむろしていたfが、天候も考えて躊躇しているのか?帰路のユガテの坂あたりは暑さと湿気にもやられてヘロヘロだったが、何とか最後まで走り続けることだけはできた。武州長瀬の駅に着いたのがちょうど午後2時。家に着くまで全く雨にもたたられずラッキーだった。往復で53.2kmは、もちろんかなり脚にこたえ、日曜日の今日もしっかり足の付け根から臀部に筋肉痛が残っているが、それでも昨年よりは余裕をもって走れるようになった気がする。昨日の走行距離 53.2km今日の走行距離 6.0km今月の走行距離 342.8km(先週の平日2回だけ朝練したのにブログに書いておりません。最近ブログをさぼり気味)
昨年はいわて銀河ウルトラマラソンに重なって出られなかった玉川上水遡上ランに2年ぶりに参加。距離稼ぎに家から走っていこうかとも少し思っていたが、やはり昨日のダメージが残っていてあきらめ、電車で集合場所の千駄ヶ谷・東京体育館へ。★東京体育館−新宿御苑四谷大木門(上水終点)-笹塚-井の頭公園-三鷹-小金井公園-玉川上水駅-スタ丼休憩-羽村取水口(玉川兄弟像)マハロ会長、たぬぼうさん、ロヒさん、あくびさん、wiwiさん、Emilineさん、かみのさん、まささん、kurisukeさんと最初のうちだけゆりさんの11人で出発。2年前に1回走っただけだが、印象的なコースなのでほとんどの所を覚えていた。コースの詳細はあくびさんのブログを参照。(また手抜き!)最初のうち、昨日の暑いLSDの後遺症で脚が重かったが、木々に囲まれた上水沿いの道を気持ちよく走るうちに徐々にほぐれてきて、尻上がり的に調子が良くなってきた。46kmの距離を、実質6時間半ぐらいかけてゆっくり走るのは大変いい練習になった。非舗装路も多く、脚に優しい。最後、玉川兄弟の像が近づくとうれしくって、Wind Sprint(ラストスパートではない)を入れて銅像の脚にタッチ。途中、12時半ごろ小金井公園の昼休みでアイスモナカ、大福、おにぎり
★河川敷40kmLSD+行き帰り2kmジョグ朝、しっかり食べてから遅めに出たのは失敗だったかも。まだそこはかとない疲労感や肩の張りが残る中、気軽に河川敷をリハビリLSDでもしようかとウエストポーチだけで朝9時に出発。新調したCW-Xハーフタイツもためし履き。久しぶりの河川敷は晴れて暑くなりそうな予感はあったが、スポドリ500mlのみ腰につけて出発。ラップは気にせずタラタラ走り出して、おそらくキロ6:30かそれ以下。日差しが時々強くなって、こんな日はサングラスがあったほうがよさそうである。野原にはアカツメクサやシロツメクサがきれいに咲き広がり、寝転がりたい感じ。気温が上がってきて、やたらのどが渇き、行きの堀切駅まで18kmを500mlでなんとかもたせた。堀切駅で新しいボトルを買って少し飲んでからつけて走り出す。足の調子も考え20km行った8km地点で折り返し。帰りの堀切駅までに無理して一本飲みきり、また500ml追加で腰につけて走り出す。ちょっと気温が上がっただけで給水量が全く違う。帰りはかなり暑くなって最後10kmは真夏でもないのにバテバテもモード。手や顔には塩を吹いているし暑さに適応できていない。こんな時はハイドロバッグを使ってみればよかった。多少風があったのでかろうじて歩かずに走り切れた有様。40キロで4時間半、1.5Lの給水でした。暑熱順化にはなったが、この程度の暑さでバテるようじゃ夏場のウルトラを走りきれるのか、不安も大きくなった。明日は恒例の玉川上水遡上ラン。今月の走行距離 216.0km
初めてのサロマ湖100kmウルトラマラソンまであと一ヶ月ちょっと。萩往還は完踏だけを目標にしていて、それは無事達成できたので、サロマ湖ではある程度タイムを気にして走りたい。思い返せば2006年10月のえちごくびき野で初の100kmを意外とあっさり9時間45分(585分)で走ってから、長い故障のスパイラルに迷い込んでしまった。昨年はいわて銀河で辛うじて10時間は切ったものの、四万十川ではアキレス腱痛による練習不足も祟って11時間6分(666分)の大撃沈。その時、次回は666分ではなく555分を目指そうと、心のどこかで思ったのがこのプロジェクトのきっかけである。
何とか故障もなく萩をのりきった今、次はまさにサロマで555分(9時間15分)に挑戦するチャンスである。現実的にはサブテンに復活とか、自己ベストとかをめざすべきだろうが、まあ挑戦だから目標は高い方が良い。4月には戸田彩湖70kmを6時間20分(5:26/km)でのりきることが出来たので調子は悪くないし、これからの練習次第では100kmを5:33/kmで走りきることは絶対不可能ではないかもしれない。とはいっても、あと1ヶ月ちょっとで大したことが出来るわけではないが、距離に対する耐性だけは更に強化しておこうと思う。それに2週間前の24時間走で故障するまで走らないこと。無理かもしれないけど、挑戦する目標があると走る気力がわいてきて良い感じである。さあ、サロマに向けてGO!GO!GO!
萩往還後、仕事も立て込み雨も重なってほとんど走っていない。股関節あたりに長引いた疲労感もあったが、それも消えたので、そろそろ次の目標に向けて始動しようと思う。過去にはウルトラの疲れを甘く見て故障につながったこともあったので、しっかり休み過ぎぐらいに休んで、一度ダメージをリセットしてから次に進むぐらいでちょうど良いかもしれない。今回の萩往還を振り返って、気が付いたことをとりとめもなく。・終盤は無理して走るより楽に歩くことを選択したので、ゴールに向かって進み続けるのが辛く感じることはなかった。痛み止めを必要とするような脚の痛みが出なかったのも幸い。
・何人もの人に「SKINSはどうですか?」と聞かれた。確かにこのロゴは目立つ。まだハシリで注目のアイテムなのか。私も初めて使ったので分からないが、結局ふくらはぎは痛みも出ず、張ってくることすらなかったので大正解だったのかもしれない。・ただ、途中で悩まされた痛みは二つ。1)坂堂峠を越えて舗装路に出たあたりから、しばらく左下腹部の痛みがあり。その後下すこともなかったので原因は良くわからず、1〜2時間ほどで消えてしまった。2)帰りの往還道ぐらいから、両肩の痛みが耐え難いほど強くなり、リュックを肩掛け鞄のように右肩にかけたりしながら走っていた。リュックを背負って走るのは練習でも時々は行っていたが、半日以上背負っていることには肩が対応できなかったらしい。・腹痛らしきものはあったのに、20時間の間でトイレに行ったのはどう思いだしても虎ヶ崎の小1回のみで、もちろん野外も無し。これはあまりにも少ない。意識してなかったがずっと脱水気味で推移していたのかもしれない。・防府までの往復をもう少しゆっくり走っても良かったか。100kmを越えてからほとんど走る気がしなくなってしまったのが残念。これは昨年の四万十川ウルトラの時にもあったが、どう転んでも制限時間には間に合いそうだと分かって、まあ無理しなくて良いか、という妥協の心が入ってしまったのは確か。自分なりの目標タイムを持っておけば幾らか良いのかもしれないが、脚に余力が無くなり走りにくくなっていたのもまた確か。・ライトはティカXPがとても使いやすかった。WideとSpotの切り替えが出来るのがイイ!特に1Wでも暗いとは感じなかったが、足下の凸凹を気にしながら走る時は、3Wのマグライトで足下を照らすと安心感が増した。白い矢印探しにもマグライトがあって助かった。・地図と多くの完走記・コース案内を見比べてイメージしていたので、「そろそろ右に白い矢印が」とか、「そろそろ橋があって」とか予期しながら走ると、一人でも大きく迷いそうなところはなかった。ただ暗い山道は怖いので単独走は避けたい。・初挑戦で緊張していたためか、眠気にやられることはなかった。対面の35kmや70kmの部のランナーに応援され続けるのも良い刺激になった。・エイドの方々の親切な気遣い、町の応援の暖かさが疲れてくると身に浸みて、うるっとくることもしばしばで、本当に思い出に残る素晴らしい大会でした。あ、あと帰りの草餅エイドの草餅は大きくて美味しくて絶品。コースに戻ってからもう一個いただけば良かったと後悔したぐらいでした。★10日土曜日に12km走ってみたが、やや脚が重いが普通に走れた。日曜日は午前雨、午後外出で走れず。次のレースまで珍しく期間があいているのでしっかり休足も練習のうち、と言い訳している。今月の走行距離 146.4km次の目標は6月7日のあきるの24時間走と6月22日のサロマ100kmである。24時間走は自己最長距離を、サロマは自己ベストを狙う!!
☆萩往還マラニック140km完踏記初めての100km越え+夜間走+山道の大会である。地図を見ながらコースは頭の中で何回もたどったけど、脚に不安も抱えているし、実際には何が待ち受けているのだろうか?そんな緊張感・不安感の中で臨んだこの大会。そもそもは1604年から300年間にわたり萩城から防府(ほうふ)市をつなぐ街道として、参勤交代の殿様や維新の志士が行き来した萩往還道を、昔に思いを馳せながら走り歩きましょう、という大会である。参加した140kmのコースは、山口を起点にして防府まで行って戻り。萩まで行って(少し大回りして)戻るという、まさにこの萩往還道に沿った「萩往還」ならではのコースである。前日の深夜まで準備が食い込んで、早朝の新幹線の中で睡眠を補充したが、寝足りない感じは残る。新山口からバスのような一両編成の在来線で山口へ。足がないので瑠璃光寺まではタクシー。山口はよく晴れ、夏のような陽気。250kの部の人は大変だろう。受付は本堂右と書かれていたが、目立たずやっていたので(写真のダンボール箱の所)しばらく気づかなかった。境内はツツジの花盛りで五重塔との組み合わせが素晴らしい。ただ、歩いていても観光客がほとんどで本当に300人もの人が夕方にはここからスタートするのか疑わしい。荷物置き場である隣の洞春寺に移動して買ってきた食べ物を食べたりしていたら、四万十ウルトラでもご一緒だったテリーさんに声をかけて頂く。時間があったので約1km離れた山口福祉センターに、防府から戻ってきてから持つ予定のリュックと荷物を預けに行った。今、預けておけば行きに素通りできると思ってだが、自分の他には選手が一人だけで係の人もまだ。そのAさんは車でコースの下見を済ませたとのことで、帰り洞春寺まで車で送ってもらった上に、コース上で疑問だった点をいくつも教えて頂いた。その後、テリーさんと共に教育会館で開かれる説明会へ。噂に聞く萩往還の有名人、小野さんの話も聞くことが出来て、この大会独特の手作りの雰囲気が伝わってきた。色々な質問は出たが、基本的には自分自身で地図を見たり、必要なものは背負ったりして、問題の解決をして行かなくてはならないということを再確認した。再び洞春寺に戻ると、近くに愛媛のスーパーランナーまゆみさんをゼッケン番号で発見してご挨拶。その後、瑠璃光寺のスタート地点に移動。計時用マットが敷かれている以外はとてもスタート地点とは思えない。スタートは夕方6時からのウェーブスタートだが、第4ブロックぐらいに混ざり、明日の午後に絶対ここに戻ってくることを心に誓ってスタート。町中はよく信号で止まるので、練習会と勘違いする雰囲気だし、スピードもそんな感じ。やはり福祉センターで多くの人が荷物を預けに寄り道をする中、前の方のウェーブと混ざっていった。昼に降りた山口駅前を通過する。ゼッケンや特製の丸いネームプレートに書かれた出身県を見ながら関東のランナーに話しかけたり話しかけられたりする。南に向かい日も暮れかかる頃、その事件は起きた。大きなイヌを連れたおじさんとすれ違おうとした時、イヌが突然寄ってじゃれついてきて、おじさんもひもを引いたしこちらも避けたのだが、左の尻を前足でひっかかれた。止まるわけにも行かず、走りつつ触ってみると小さく裂けている様子。あちゃぁ。くやしいけど下着もつけているので、気にせず走り続けることにした。ここまで舗装路で平地なので、のんびりでもキロ6分弱では走っており、鯖山峠への登り道が始まるしゃもじエイドに着いてもまだ空はわずかに明るさが残っていた。行きはおにぎりといなり寿司を頂いただけで、ライトをセットして登り道へ。体力温存のため早歩きも混ぜて登ったが意外と短く、あっという間に急な下りになって県道に戻ってしまった。立派な橋を渡ると防府の市街地に入る。ここからはまた信号待ちも増える。要所要所では係の人が立っているので、道を間違えようがなかった。案内されるままに最初のチェックポイント英雲荘へ。ここでチェックシートに最初のパンチを入れてもらい、ジャムパンと飲み物を頂いて特に休むこともなく折り返す。ここまで22.4km休みを入れてキロ6分ぐらい。戻り道は英雲荘から萩まで60kmを歩くEグループを追い抜きつつ走った。鯖山峠は登りは歩き下りは走る。早めについたので帰りのしゃもじエイドはすいてて、チケットで肉うどんを頼む。熱かったのに急いで食べすぎて口の中をやけど気味。ただ疲労がたまってきたところだったので、山口への長く平坦な道を乗り切る気力のもとになった。福祉センター43.4kmに10時半前には到着。ここまで4時間半はちょっと速すぎたか。おにぎり2個と味噌汁を頂きながら、ゼッケンをリュックに付け替え、長袖に着替え、これからの山道に備える。やはりショートタイツには穴があいているが、替えもないので知らんぷり。SKINSソックスの効果かふくらはぎの痛みは全く出てこない。とりあえずゆっくり走りだしたが、ダムの横で道に詳しい地元山口の方と一緒になってこれ幸いとばかり往還道を坂堂峠を越えるまでついて行かせていただいた。本当に助かったが、後で考えるとこの方が大変お世話になった詳細にわたるコース説明をアップして下さったカサブランカさんだった(かも)。ここの峠越えは小石がごろごろした石畳や砂利道の急坂ですべて歩いた。苦手な山道で消耗して、舗装路の下りになってもしばらく歩いたりマイペースで進んだ。ここから往還道は一人で走る部分も多かったが、大体の地図を把握していて、白い矢印を見逃さいようにしていたので最後一ヶ所以外は間違えなかった。佐々並エイドではポカリを空きボトルに詰めてくれた。長い一升谷の下りを終えると明木エイド。お饅頭を2種類頂く。ここまででほぼ半分。川沿いの道を気持ち良く走り、一つ峠を越えて有料道路に出ると気が抜けてしまい、そのあと涙松址を通る往還道の入り口を見逃して大回りしてしまった。路線橋を越えて萩駅の方に曲がる道も工事中なのかわかりにくかったが、ちょうど後ろから来たランナーと相談して正しい道へ。萩駅から玉江駅までの一駅が本当に長く感じたが、脚はそこそこ元気になっていた。萩城跡79.2kmには朝4時25分着。第2チェックポイント。着替えてライトを預けようと思ったが、まだちょいと暗いので、預けてあったロールケーキなどを食べながら一休み。15分も休んだら薄明るくなってきたので出発。かなり疲れはたまってきて歩きの比率も増えるが、250kmのAグループと合流しているので、疲れ切っても歩を進めている人に力をいただくこともしばしば。夜明けの日本海が美しい。ここから笠山までが長かったが、萩焼会館を過ぎると大勢のランナーとすれ違い、zephiyamaさん、こじろうさんとも出会って声を掛け合う。戻ってくるのはまだほとんどAグループの人だが、笠山に近付くと自分と同じBグループもパラパラと見かけだす。やっとで辿り着いた3番目の笠山のチェックポイントはパンチが置いてあるだけ。そこから坂を下りて次のチェックポイント虎ヶ崎のつばきの館まではそう長くない距離。下り坂を気持ち良く走っていたらAグループの集団に「来年は250にでろよぉ〜」と声をかけられた。休憩所の手前のトイレに寄る。このあたりで初日の昼間お世話になったAさんにも再会。虎ヶ崎CP91.5km地点に朝6時30分着。ここまで12時間半。幸いなことに食欲は全く衰えず、この食堂の名物のカレーライスを美味しく頂いた。残りの距離はちょうどフルの距離だが、あの往還道に再び挑まなければならないかと思うと気が重い。ただ、どこも取りたてて痛いわけでないので、あとは歩いてでも制限時間には間に合いそうだと思うと気が楽になった。実際この後、ばったりと走れなくなった。東光寺の最終チェックポイントのあたりはすべて歩きで写真も撮り忘れた。帰りは明るかったので萩市を出てからちゃんと涙松址への往還道を見つけて通った。何回も走ろうとしても両側の疲れ切った股関節に響く感じがイヤで歩きだしてしまう。明木市ではぱらだいむさんが応援ランをしていた。その後一升谷から延々と続く上りは3kmでも本当に長く感じる。佐々並エイドで名物の豆腐がいただけたので美味しくて2つも食べていたら、後ろから来たアロハさんに見つかった。ここでちょうどこじろうさんも休んでいた。このあとの草餅エイドもしっかり楽しんで、このあたりは歩いてしっかり楽しんで行こうという気分になっていた。帰りの坂堂峠越えは、真っ暗な往路に比べるとはるかに楽に感じた。復路は35kmや70kmの部の人が声をかけてくれるのが大きな力になった。往還道を抜けて、天花畑に出ると終点が近付いたためかどこからか力が湧いてきた。ダムの横からゴールまではずっと走り続けながら、なぜ今まで走れなかったのかと疑問に思っていた。「すごいよ!」と拍手して声をかけてくれる町の人や、応援に来てくれていたうりこさんに手を振りながら気分良くゴール!!!
いろいろ考えれば反省点や今後の課題は見つかってくるが、まあ何よりも楽しい20時間18分でした。最後まで激しい眠気には一回も襲われることはなかったし、脚も筋肉痛以外の痛みに悩まされることはなかった。今回はアミノバイタルプロを4袋ほど飲んだ以外は痛み止めも胃薬も使わなかったが、ある程度疲労がたまってからどうやって走り続けるのかは今後の課題である。
序盤の飛ばしすぎと脚が山仕様になってなかったために100k以降歩きメインになってしまった。でもふくらはぎが大丈夫だったし楽しかったからいいか。
140kmコースと言いつつ、実際には少し短めです。でも一番の難所といわれる萩往還の山越えを、行きと帰りで2回も通らなくてはならない点では、250kmのコースより大変な面もあるそうです。走ってみないと脚の回復具合は分かりませんが、なんとなく良さそうな気がします。目標大会なので、最後まで諦めずに、楽しんで走ろうと思います。それでは行ってきます、ってまだ早いか。
先週までは萩に向けて漠然とした不安とそれ以上のワクワク感があったのだが、駅伝に向けた練習と本番でふくらはぎを痛めてしまい、今はどれだけマトモに走れるのか、心配の方が遙かに大きくなってしまった本当に懲りないヤツです。別にピキッと強い痛みが走ったわけでなく、右ふくらはぎの張りが徐々に痛みに変わっていった感じで、一昨年末に肉離れを起こした時のようにひどいことにはなっていないと思っていたのだが、月曜日の夜にU治療院で診てもらうと、やはりふくらはぎの筋肉の一部に新たな断裂があり、肉離れと言えるでしょう、とのこと。どうしても前の肉離れの痕がしこりとして残っているので、筋肉の張りが強くなってくるとそのしこりに引っ張られたりして周囲に新たな断裂が起こりやすいらしい。私の場合、いくら長い距離走ってもふくらはぎの張りはそこまでひどくはなったことがないのに、少しスピードを出すと一発でアウトになりやすいということなのか。とにかく、鍼でゆるめてもらって蛋白質を摂取して5日間全力で治癒に努めるしかない、とのことで今週は萩までもう走らないことにした。いくら「制限時間が24時間もあるから、ゆっくり走ったり歩いたりすれば大丈夫」と思いこもうとしても、未知の140kmの距離を、しかも真っ暗な山道をふくらはぎの痛みを引きずっていくことを考えると正直気が重い。それでも今回ばかりは、行くのを止めたいという気持ちは微塵もありません。まあ、色々な脚の問題を抱えて参加する人は大勢いるはずだし、せっかくの初の山口行きを楽しまないともったいないので、あまりネガティブのことは考えずに前へ前へと進みたいと思う。あと3日間は普通に仕事で、準備はギリギリになりそうですが。5月3日現地入り、同日18:00頃スタート予定です。大会中はモブログ予定なので、へこたれていたら応援で力をください。
☆ふれあい赤羽駅伝昨年は申し込み多数で出られず、2年ぶりの駅伝。萩の一週間前のこの時期に出るなんて表明しなかった方が良かったのかもしれないけれど、仲間の声援を受けながらタスキをつなぐ駅伝の楽しさは格別!というわけで手を挙げたら、2年前と同じ第一走8.0975kmをまかされた。そこで数日前から、ちょっとだけでも息が上がる練習をしておこうと、ジムでキロ4分を切ってちょっと走ってみたが、それだけで左膝裏の痛みや右ふくらはぎの張りが強くなってきた。左はすぐ良くなったが、右ふくらはぎの張りは金曜日にゆっくり走っても痛みに近いものに変わりヤバイかも。もう一年以上も前の、右のふくらはぎの肉離れをきっかけにほとんどしなくなってしまったスピード練習だが、これだけ時間が経ってほんのちょっと速めに走っただけでこの有様とは情けない。意識はしていないが、長い距離の練習を積み重ねでダメージが残っていた可能性もある。そんなわけで、土曜日は走るのは完休して自分でストレッチやマッサージに精を出した。当日の日曜日は様子を見るために、家からゆっくり走って赤羽の会場に向かった。すっかり春っぽくなっていて、途中の土手の斜面には芝桜がきれい。脚の方は、ゆっくり走る分には痛みにはならないが、右ふくらはぎ深くに張った筋を感じる。ちょっと気にしていた背骨の痛みは全くなくなった。会場に着いて、代々木のチームメイトとご挨拶。今回代々木からは2チームの参加である。レース用のシューズ(カタナレーサーII)に履きかえ、アップで少し速めに走ってみるとやはり右ふくらはぎが痛くなった。う〜む、大丈夫か?レースの模様は、今回応援に回ってくださったヒロさんのブログを参照。手抜きでスミマセン。ヒロさんも一週間後は萩で、昨年に続いて250kmの部に参加。200チーム程の参加で、やや後方からスタート。タスキがあるのでリタイアは出来ないし、今ひどい故障もしたくないのでどうしてもやや控えめな速度で様子を見る。それでも最初の1.4kmを折り返す頃には、右ふくらはぎの張りが徐々に痛みに変わりつつあった。気温は高めで、少し余力を持って走っているつもりでも息が切れる。2周目の2.4kmの折り返しはやたらと長く感じた。ふくらはぎもかなり広い範囲が痛い感じで走りにくい。でも仲間の応援に何回も力をもらって、何とか33:48(4:10/km)ぐらいで第二走のまささんにタスキを渡した。2年前より2分ちょっと遅かった。ちょっと落ち込んだが、仲間一人一人苦しそうな顔で賢明にタスキをつないでいる姿をみると、不思議と自分も力をもらえた。仮装や派手な衣装で激走するチームもあって、見ていても飽きない。脚の方はしばらくふくらはぎの痛みで、歩きにくかった。会場を後にして皆で向かった赤羽はお祭りで大混雑。目当てのお好み焼き屋も満員で、駅近くのおでん屋で軽めに打ち上げて楽しく終了。今年も楽しい赤羽駅伝だったが、今回の参加で残してしまったふくらはぎの張りと痛みは、5日後の萩往還に向けて大きな不安材料となった。とりあえず月曜日の今日に治療院の予約を無理して入れて頂いた。25日の走行距離 6.0km27日の走行距離 7.5km+8.1km今月の走行距離 297.1km
土曜深夜から朝にかけて、夜間ロングを計画していたが、強い風と雨で出るのをためらっているうちに一週間の疲れが出て寝ついてしまった。そのまま土曜は家族と出かけたり、夕方は萩往還前の最後の鍼による調整をしてもらってきたら、走らずに過ぎていった。ただ時々刻々更新される、さくら道ネーチャーランの途中経過をチェックしながら刺激だけはもらっていた。自分もここでナイトランはしておかないと、と思って夜は2時間の仮眠をとったのちに深夜2時前から近くの周回コースを走りだす。もちろん頭にはヘッドライト、背中には飲み物と食べ物を背負って、夜の往還道をシミュレート。夜の河川敷に行くのをためらって近くの周回にしてしまったので、街灯で十分な明るさはあってライトは不要だったが、この重さを頭に付けて走って疲れないかとか、キャップのツバを前に向けてもライトが足元を照らせるかとか、基本的なことは確認できた。本当は50kmは走りたかったのだが、一人で1.2kmの周回は音楽を聴きながらでもさすがに飽きる。鍼返しも結構強く、25周も走って辺りが明るくなった時点で、まあ今日はこれで最低限の目的は達した、と終了にしてしまった。本当はもっと早い時間からオーバーナイトで走る練習をすべきだったなぁと終わってから反省。全然眠くはならなかったが、距離のわりに疲れがでて、午後もう一度走ろうか、という考えも消えてしまった。間寛平さんのサハラマラソン挑戦の番組を見てウルっときたり、さくら道の結果や長野・かすみがうらMの速報をネットで確認したりして、傍観者として刺激を受けることがメインの、いわゆる疲労抜きの週末でした。今日の走行距離 30.0km今月の走行距離 260.1km
いよいよ、萩往還のゼッケン番号の書かれた書類が届いた。不安だらけだが萩に向けて気運を盛り上げて行かなくてはいけない。
KR135は何気ないけど、自分では傑作かと。何しろ主語も述語も目的語も無くて状況を説明しようとするのだから、日本語ならではの表現である。
3日続けて同じ距離を走ってみた。調子が良い時は毎日距離もペースも変えるほうなので、3日も同じ距離が続くのは意外と珍しい。駅伝が10日後にあるので少しスピードを鍛えなければならないけれど、まだ脚も気持ちも受け付けてくれない。この時期きついなぁ。
何種かの地図と多くの完踏記/リタイア記を照らし合わせながら萩往還の140kmコースの注意点を整理しつつあるが、まだまとまっていないので、
・夜、白き石畳踏み、正しい帰路知るよ。(よるしろきいしだたみふみただしいきろしるよ)KR126夜間迷ったとき、往還道の石畳を見つけるとほっとするでしょうね。
・舐め、湧き水まず見きわめな (なめわきみずまずみきわめな)KR127湧き水なら大丈夫でしょう。味にこだわってるんですか?
・夜が明けかけ、崖駆け上がるよ(よるがあけかけがけかけあがるよ)KR128なんとか日の出を頂上から見ようと、ですかね。
・三回探検も鬼門。倦怠感さ (さんかいたんけんもきもんけんたいかんさ)KR129何回試走しても同じ所で迷ってしまうので、イヤになってきました。
70km走のダメージは、前の週末の練習ほどでもなく、順調に回復している。今朝は明るい青空が広がり清々しい朝だった。もう薄着で走った方が気持ちよさそう。

 

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